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……眠れない。

一体、あたしの身体はどうなってしまったのだろうか。











初めて人を好きになった
Presented by 三式










 全ての作業を終え、ひと段落着いて久美がベッドに潜り込んでから既に2時間が経とうとしていた。
時計の短針は数字の2を刺していて、よい子は既に眠る時間だ。実際、彼女の親や周りの家の殆どが消灯しており、闇に音が吸い込まれていた。
 いつもなら久美ももう眠っている時間帯なのだが、今日の彼女の目はすっきりと冴えていた。


「……寝られない」


 そう言って久美は寝返りをした。
 どうしたというのだろう。身体は疲れきっているはずなのに目は異常に冴えている。まるで身体が眠りたくないと言っているようだった。

―――今日を終わらせたくないとでも言ってるのかな……

 そこまで考えたとき、また少女漫画みたいだなと冷静に自己つっこみを入れた。
 今日。時刻は2時を刺しているので正確には昨日の出来事なのだが、久美の中では眠っていなければ今日ということになっている。
今日は、久美の人生の中でもトップに位置する衝撃的イベントがあった。その所為なのかもしれない。
こんなにドキドキしているのは。


「……告白、されちゃった」


 そう、告白されたのだ、彼女は。追試中だというのに一人で笑ったり、テストが終わったと思えばその瞬間に話しかけてきて考える暇も与えずどこかに言ってしまう幼なじみに。告白されたと思えばいきなりウソだと言われ、期待していた自分が惨めに思えた時に急にまじめになった彼に。
 嬉しかった。とても、かなり、すごく。涙が出そうになるくらい。
 ほら、思い出すだけで心臓が急に高まる。


「………しゅうすけ……」
 

 無事、幼なじみから恋人へと昇格した彼の名前を呟いて、久美はきゅっと胸元の布地を握った。
名前を呼ぶだけで息が詰まり、胸が苦しくなる。
 少女漫画という表現は間違ってはいなかったと思い直す。エイプリルフールという普段とは違う雰囲気の日に、あんなイベントがあるのは漫画の中でしか見たことがない。
いや、実際そんな漫画は聞いたことはないのだが。


「秀介はどうなんだろ……あたしと同じなのかな。それとも……」


 一緒であればどんなに嬉しいだろう。外れであればどんなに悲しいだろう。
自分だけがドキドキして眠れないのに、秀介のほうは熟睡していたら、なんだか恥ずかしい。
 明日、聞いてみようか。そう、彼の再追試が終わった後にでも迎えにいって。
 
 そのときの光景を自分の中で想像してみる。

時間はお昼時だろうか。一人、教室でテストを受けている彼を迎えにいき、時間を見計らって秀介の目の前に飛び出て。
すごく驚いた顔をすると思う。びっくりしたぁとため息とともに言って、笑いながら脅かすなよと言ってくるのだ。軽く頭を叩かれるかもしれない。
でもそんなことは全然気にしない。それが彼なりの表現の仕方なのだと思えば全然苦にならない。むしろ嬉しいかもしれない。
だって、それは、秀介は自分に心を許しているということだから。
 
 普通の人間はよほどのことがないと、好きでもない相手に触れるということは殆どない。
 秀介は人当たりはいいが、どこか一線引いているところがある。冗談などは言うが、身体のスキンシップは滅多にない。実際、秀介が触れたりするのは久美とその他少数だけだった。

 そんな光景の後は多分、どこかで話をしてから帰る。学校の中のどこかか、それとも帰り道にある喫茶店か。
喫茶店の場合だったら、手を繋いでくれるだろうか。自分からはしてくれないかもしれない。でもあたしから言えば「しょうがないな…」とか言って顔を赧くして繋いでくれるかもしれない。
秀介の手は暖かいだろうか、冷たいだろうか。どっちでもいい気がした。どちらにしても彼は彼なのだから。


「うわ…重症だ、あたし」


 妄想いっぱいの頭の中を落ち着かせようと努力する。
すーはーと深く深呼吸する。頬を軽く叩いてみたりもする。でもダメだった。表面上は落ち着いたかもしれないが、目を瞑ると想い人の顔がちらついては消えていく。
笑いかけてきたり、真剣な顔になったり、照れたりしたり。


「あーっ! もう! なんなんだ!」


 叫んだ。


「あたしを何だと思ってるんだ……そんなにあたしを睡眠不足にして楽しいの……。そりゃ顔が見れるのは嬉しいけどさぁ…」


 非難めいた声を出してみると、何故か頭の中の彼は姿を消していた。少し嬉しい。いざ消えてみると名残惜しい気はするが。
既に時刻は3時を過ぎていた。


「あぁもう。夜更かしは肌に悪いっていうのに……」


 誰のためにおしゃれをしようと決意したと思ってるんだ。そう毒吐いてみるが答える相手はこの場にはいない。
おしゃれをした自分。彼に会ったとき秀介は何て言うだろうか。可愛いとか言われたらいいなぁ……って。


「あたしってやつは…………はぁ。もういいや」


 ため息をついた。熱っぽい。なんだか何かと自分の頭は秀介にリンクするようになってしまっているみたいだ。
秀介のことを考えないようにする努力はもうやめにした。なすがまま。なるようになればいい。
 明日、肌が荒れたりくまが出来たのはあんたの所為よ、と言ってやろう。うん、そうしよう。

 そう考えている間にも、久美の頭の中のシアターには秀介の顔が浮かんでいく。
様々な表情をする彼の顔を見て、久美の心臓は何度も何度も高鳴っていく。

 今夜は、まだまだ眠れそうになかった。






 Fin

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