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 恥ずかしがりやなところも。

 ピーマン嫌いなところも。

 無愛想なところも。

 全部含めて、アナタが好き。









嫌いな部分など無いよ
Presented by 三式










 ある日曜日の昼下がり。秀介と久美は休日の時間を利用して買い物へと出かけていた。
適当に街を回り、適当な店に入る。そこで気に入ったものがあれば買うし、特に欲しいものがないのなら次の店に行く。
詰まるところ、単なるウィンドウショッピングというやつだった。
 4件ほど回ったところで、時刻は3時過ぎ。起きてから何も食べていない―――久美が襲撃してきたから―――秀介が久美に声をかけた。


 「久美ぃ、そろそろ腹が減ったんだけど」


 ん?と秀介の前を歩いていた久美が立ち止まる。秀介が久美にぶつかりそうになる。辛うじて避けたが。
そして久美は左腕内側にある時計を覗いた。


 「んー……もうこんな時間なの。じゃあ何か食べよっか」
 「マジで!?」
 「……何よ。そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔は」


 「いや、だって……」と秀介は口ごもった。 
 昔は秀介の願いなど殆ど通らなかったのだ。今日のように何かに熱中しているときは特に。何でも水を差すようなことは嫌なのだとか。
 ―――まぁ元々尻に敷くタイプだったし。
 それに一度怒ると手に負えないのだ。そんなこんなで秀介はいつも下手に出るしかないのだった。


 「アハハ……き、気にするでないぞ。うん」
 「……まぁいいわ。で?」
 「で?って?」
 「……はぁ」


 ため息をつかれた。それはもうでっかいのを。


 「あのねぇ。腹が減ったって言ったのは秀介じゃないの?」
 「…あぁ、そっか。うん。」
 「で、何をお召しになりたいのかな?」


 うーんと秀介は辺りを見回しながら考える。商店街といえども、ここは田舎ではない。ほんの少し探すだけでいくらでも飲食店などは見つかる。
ほら、右を見れば回転ではない寿司屋が。左を見ればビルの中に洒落たバーが。後ろを振り向けば高級中華飯店が。


 「……ぇーっと……」


 どれも昼時の高校生カップルには相応しくなかった。









 結局、秀介たちが選んだのは先程の場所から2分ほど歩いて進んだところに在る料理店も兼ねている喫茶店であった。
外装に惹かれて選んだのだが、これが中々良い場所であった。外面だけではなく、内装も綺麗である。
加えてメニューに書いてある値段も良心的であり、高校生の財布にも優しい。


 「ふぅ、やっと休めるな」

 
 そうねと内装を眺めながら久美は答えた。
 初めて入ったが、いい店に当たったなと思う。いい感じに客も少ないし。


 「ご注文はお決まりでしょうか?」


 程なくして店員が注文を取りに来た。お盆から水を差し出す。寛いでいた久美と秀介は慌ててメニューを開く。


 「あー、えっと……じゃあ俺はコーヒーとナポリタン」
 「またぁ?秀介っていっつもそれだよね」
 「いいじゃん、好きなんだからさ。久美は何にするんだよ」
 「じゃああたしは……カフェオレとサンドイッチと海草サラ……何よその顔は」


 海草と久美が言った時点で秀介は物凄く嫌な顔をした。うぇという表現がぴったりである。


 「俺、海草って嫌い。何であんなにぬるぬるしたもの食えるの?」
 「海草は身体にいいの。というかね、秀介って好き嫌い多いよ? 人参に、ピーマンに、ブロッコリー。それに海草? 子供みたーい」
 「嫌いなものは嫌いだからしょうがないだろ。久美がおかしいんだよ。何でも食べれるなんて。馬か、お前は」
 「な、何ですって?」
 「なんだよ?」
 「ぬー…」
 「む……」

 「……あのー、ご注文はもうよろしいでしょうか」

 「はぃっ?」

 
 秀介たちがにらみ合いをして数秒後、待ちくたびれた店員が声を掛けた。何故か微笑ましい笑みを浮かべながら。
声が裏返ったのは秀介。見上げた先には大人の女性の顔があり、不覚にもちょっとどきっとした。久美の視線が痛い。
よろしいですと顔を赤らめて秀介は答えた。はい、と機嫌がよさそうに笑顔を浮かべて女性店員が伝票を胸元に仕舞う。


 「仲が良いんですね。羨ましい」


 と温かく残し厨房へと去っていく女性店員。またも、その笑顔に見とれた。
完全に見えなくなった時点で久美が非難めいた声を出す。


 「でれでれしちゃって……」
 「はっ?」


 何故か、すごく拗ねていた。


 「そーだよねー、やっぱり大人の女性の方がいいに決まってるよねー」
 「おいおい、何言ってんだよ」
 「いいの。分かってるんだから。あたしって悪いところばっかりだし…むしろ良いところの方が少ないもの。性格悪いし、可愛くないし、小さいし…」  「確かに小さ……いやいや。久美は可愛いって」
 「ううん。そんなウソつかなくたって…あ痛ぁっ!?」


 脚を抓ってやった。


 「な、何するのよっ」
 「お前が人の言うこと全然聞かないで自分の世界に入るからだろ」


 久美はちょっと周りが見えなくなるのが早い。熱中しやすいというか、妄想癖があるというか。そんな子なのだ。

 
 「…ごほん」


 秀介の顔が少し引き締まるのを久美は見た。何か雰囲気が違う。どこか決意したような、そんな感じだ。
 何を言われるのだろうか。まぁ説教には違いないなと心の隅で思い、覚悟する。
 だから、予想外の言葉を言われたのに、かなり驚いた。


 「あのな、お前に悪いところなんてあると思うのか? そりゃ確かに悪いところもあるかもしれないけどな、そんなこと気にすることじゃないだろ」  「……へ?」
 「それが久美の個性なんだし……ナンバーワンよりオンリーワンっていうか……」
 「あ、あの?」


 何だか、見当違いのことを言われているような気がする。いや気がするではない。本当に言われている。
 あれ? 怒られるんじゃなかったの?


 「つまり…そのだな…」
 「う、うん」


 あ、絶対物凄いこと言われる。


 「そ、そういうところ全部含めてお前が好きなんだから……き、気にすることないんだよ」
 「…ぅーぁー…」


 予想通りだった。
 顔が、真っ赤になったのが分かる。すごく熱い。心臓がドキドキする。
耳まで紅く染めた久美から目を離した秀介もまた顔を赧くしていた。言っちゃったよ俺…と呟き俯く。
傍から見れば面白い二人組みだ。が、今の二人に周りの視線を気にする余裕などありはしなかった。 
コーヒーとカフェオレを持った店員もどうしてか、観葉植物に隠れるようにして微笑ましく笑っていた。

 それから2分後、冷めるといけないと思った店員がコーヒーらを持ってくる。
ひったくるようにそれを飲む。熱さなど、まったく感じなかった。
 さらに10分後料理が運ばれてくる。さすがに落ち着きを取り戻した秀介がフォークを取り、ナポリタンに口を近づけようとした。
そこで、声が掛かる。


 「あ、あのね」
 「ん?」


 手が止まる。何故か久美の顔は未だに真っ赤にだった。むしろさっきより酷いような気がする。
 そして、爆弾発言が飛び足した。


 「あたしも……全部含めて好き、だから」
 「ぅぐっ!?」
 「そ、それだけだからっ。い、いただきますっ」

 
 ばくばくと顔を紅くしたままサンドイッチに齧り付く久美。つられて秀介も食べ始める。無論、顔を紅くして。

 味など、分かるはずもなかった。










 その後、その店ではナポリタンとサンドイッチを頼んだカップルはハート型のクッキーがサービスされるようになったという。


 Fin


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